*諸雑












じわり、じわりと眩んでいく目。






 眩しさに目を覚ますと彼がいた。なにがそんなに光を放っていたのか分からず、ただ悪魔から醒めたという解放感と背筋に残る悪寒だけが現実味を帯びている。
 膝枕で穏やかな眠りを得ようと、縋るような体勢で彼のそれを求めると、彼が少し驚いて身体を引いた。
「どうしたんです?」
「こっちのがよく眠れそうだから」
「はぁ・・・・・・」
 それから具合の良い位置に頭を乗せ、固定させる。呆れとも諦めとも付かない曖昧な溜息のあとに、ふわりと彼の手が包帯の巻かれた合間から無造作に飛び出している私の堅い髪に、柔らかに触れた。
「怖い夢でも見たんですか?」
 甘ったるい揶揄が耳朶に響く、ひどく穏やかな時間が愛しい。
「いや、悪夢なら毎晩見ているよ」
 自嘲しつつ捉えた彼の手を頬に寄せ、まるで懺悔のように呟いた。包帯越しに伝わる体温の高さに安堵する。
 憎しみの怯える父の目。狂気に酔った母の美しい顔。数多に浴びせられた嘲笑と憎悪。初めて心から愛したものの喪失と、そして狂おしい裏切り。それらがこの身を焼けつくす業火となって、毎夜私の安らかな眠りを許しはしなかった。
「そうですか」
 ぽつりと零れるように出た声ははどこかそっけなく、だからこそ赦されるはずの無かった安らぎを、まるでなんでもないように与えてくれる。じわりと。
「私が傍にいますから」
 頬に触れる手が、指先で輪郭を撫でる。確かめるような仕草は身体の真ん中にぽっかりと空いた穴を埋めていくようで、ひどく苦しい気がした。 奥底にある乾いた湧き水が、再び潤いを取り戻すような暖かで、そしてなんと切ない痛み。じわりと。
「嫌だと言われても、ずっと私は居ますから」
 『ずっと』なんて曖昧で不確かな時間だけれど、なんだかそれで良い様な気がした。明文化されたものなんていらない。明日のことなんて分からなくていい。今はただ、この暖かな時の流れが確かであることを噛み締めていたかった。
「どこまでもあなたと・・・・・・」
 そう言って泣き出しそうな声で覆いかぶさり、柔く唇同士が重なる。


だったら私は問おう。本当にお前はそれで良いのか、と。
この私と生きるということは、それは間違いなく滅びの道だ。こんなにも穏やかで愛しいお前が壊れてしまうなど、私は望んでいやしない。
「何言っているんですか、今更」
 少し怒ったような口調はやはり震えていて、嗚呼また私は間違ったことを言ってしまったのだと、傲慢な自身を心の内で諭した。
「こんなに壊れそうなほど私を狂わせて・・・・・・!」
 出合ったあの頃とは違う大きな背中と、長く伸びた腕が不完全な私を抱きしめ、真っ赤になった本当に今にも泣いてしまいそうな彼が、ああ、愛くるしい。
「そうか・・・・・・」
じわりと溢れるのは強くて曖昧な思い。





「そうだね」

それは目が眩むほどのものだった。











目眩


あとがき。
携帯に書いてたもの。鬼/塚/ち/ひ/ろの『目眩』を聴いて勢いで書いた。
まぁこんなもんだろう。

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