*女性向け部下×雑渡




 夜をどこまでも覆う帳は静謐で、陰影を弄ぶ蝋燭の揺らめきは甘美だ。その人の、しなやかで痛々しい体に触れてしまえば、狂気しないわけがない。踊らされていると言い聞かせても、心の奥底に在る本心と言うものがそれを求めて止まなかった。
「何を考えているんだ?」
 雑渡の言葉に、ふと我に返った部下は、条件反射的に彼の腕に包帯を巻く手を止める。動揺を隠すために、表情と言葉だけは平静を繕い、作業を再開させた。
「あなたが何を考えているのかと思いまして」
 その鸚鵡返しのような回答に、普段は中々太陽の下に晒されない雑渡の素顔が微笑する。
「随分うまくなったなぁと思って」
包帯巻くの。
 普通に返されるとは思っていなかった上に、なんとも嬉しい一言だった。部下の表情も思わず綻ぶ。毎晩、組頭の寝所で寝る前に彼に包帯を巻くのが、部下の役目であり、部下にとってはその役目こそが、雑渡が自分に総てを曝け出してくれているという名誉であり、誇りだった。
 しかし、近頃ではその仕事が若干ではあるが、減ってきている。元々その性格や作戦上のことから生傷の絶えない人で、けして傷が完治しているからという訳ではない。
「あの子には負けていられませんから」
 少し怒ったような口振りで言うと、雑渡は「なんだお前知ってたのか」とつまらなそうに言ったので、部下はため息を吐く。
 『あの子』とは紛れもなく、忍術学園の保健委員長とかいうあいつで、忍びらしからぬ言動であっさりと雑渡の興味を掻っ攫っていった小憎らしい奴だ。包帯の巻き方がうまいだとかどうのとかで、雑渡が彼にこっそり会いに行っているのを部下は知っていた。そして確信犯であることも。
「理由はどうであれ、勝手に出て行くのは如何なものかと」
 顔にも包帯を巻くためにと、少し手荒に正面をこちらに向かせると、雑渡は無表情で「いた」とだけ言う。
「それに仮は返したんですし、最早彼とは・・・っ!?」
 畳み掛けるように言い聞かせると、雑渡のごつごつと骨ばった手のひらが部下の口をがっしりと覆って言葉を遮る。
「まぁまぁ、夜は長いんだよ。君」
 些か乱暴に言葉を遮られた上に、意味の分からないことを口走る上司に軽い焦燥を覚え、部下は口を覆う腕を振り払い、その腕を逃げないように捕らえると、今度は雑渡の口を自らの口で強引に封じた。
 雑渡は別段驚いた風もなく、あっさりとその口腔が犯されていくのを、瞳を閉じ甘んじて受けていた。
 次第にくちづけは深くなり、そのまま布団の上に押し倒す。歯列を割り侵入してくる舌は、まず上顎をなぞり、それからしつこく舌を絡ませる。
「・・・ん、ふ・・・」
 僅かに吐息が漏れて、雑渡の口端から飲み込みきれなかった唾液がだらだらと流れ、布団を濡らす。
(まるで溺れているようだ・・・)
 うっすらと瞳を開けて、上司との接吻を堪能する部下は、比喩的な意味も含めて素直にそう思った。いつも、これはヤバイ、これ以上はいけないと思いながら、己を制御しきれないのは忍び失格だと思いつつも、その手本である目の前の男が許しているのだから、もう何も考えられなくなる。ただ狂気に溺れるばかり。
 長いくちづけから解放し、性急な動きで先程巻いたばかりの包帯を剥がしにかかると、雑渡が「せっかく綺麗に巻けたのにねぇ」とため息混じりに呟いた。
「今度はもっと上手に巻きますよ」
 何かに追いつこうと必死な面持ちで、首筋に喰らいつくように顔を埋め、証をそこに一つ一つ残していく。
「それは頼もしい」
 間延びした気の無い返事だったが、溺れながらも必死にもがいて泳ごうとする部下の様を、愛しいと思ったら自分の負けなのだと、雑渡はぼんやり考えていた。















溺れるものはなんとやら





あとがき
なんと尻すぼみで中途半端な・・・初めての部下雑。部下→→→←雑渡くらいが好き。
だって組頭は不運なあの子が気になってしょうがないから。でもホーム(部下)からは離れないよ。的な。

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