*凄腕+照星でプロ忍 永年、体に染み付いた火薬や火縄の匂いが、忍としての自分の弱点であることはそれなりに自身でよく知っていた。匂いほど忍として致命的なものは無い。それを克服するための工夫や努力に余念は無かったが、一方でその事実に、狙撃手としての誇りを全く感じていなかったといえば、嘘になる。しかし、その自惚れこそが、己の最大の弱点であることに気づいた時には、全てがすでに手遅れだった。 照星は大木まで追い詰められ逃げ場をなくし、火縄を構えるまもなく目の前に迫っていた敵は、至近距離では火縄が役に立たないことも当然知っている。 「油断、したな」 向けられた袖箭の元にある頭巾の下の顔が不敵に笑った。 「しつこい男は嫌われるぞ」 「不気味な顔した奴に言われたくないな」 平静を装い、相手をかく乱させるための台詞も、的確にそのように突っ込まれては、返す言葉が無かった。 「ドクササコの忍がいったい私に何の用だ・・・?」 体制に不利はあってもけして諦めたわけではない、意思のある低音が聞いた。 「先日は随分世話になったからな。ほんの礼だ」 ぬけぬけと放つ言葉とともに、袖箭との距離がさらに詰められた。 「これだけ近寄れば得意の火縄も使えまい」 そう言って、火縄銃の柄とそれを握っていた手ごと蹴り飛ばされ、痛みが走り、手放してしまった火縄が茂みへと潜り込んだ。 「なかなかご丁寧な礼だ・・・まさか貴様にここまで追い詰められるとはな」 まるで他人事で、呆れているような台詞ではあったが、向こうは自身を認めるその発言に気分を良くしたのか、高笑いをする。 「どんな気分だ?屈辱だろう?私も同じだった!」 語尾を息巻かせると袖箭を潜ませている腕をそのまま振りかざして、思いっきり頬を殴りつけてきた。口の中が切れて、鉄の味がじわりと舌に広がり、遅れて頬がじんじんと痛み出してきた。俯くと地面に血が滴り落ちるのを見届けて、自身の鼻から出ていることに気づく。 「安心しろ。命までは取りはせん」 完全に主導権を握った気でいる敵の余裕に満ちた台詞が、俯いている頭上から降り注ぐ。声にこそ出さないが、それは親切なことだ、とやけに冷静な心境でいられることに心のうちで自嘲した。 大木に寄りかかり項垂れていると、相手は胸倉を掴んで起こしにかかり、二発目を繰り出そうと構える。 「命は取りはしないが、・・・その目を使い物にならないようにしてやろうか」 頭巾の舌で、卑しく笑う男に対して、初めて怒りらしい怒りが芽生えた。視力を奪われると言うことは、狙撃手として、否、忍として死活問題である。それまで冷静を装っていた照星の表情が歪むと、凄腕は勝ち誇った笑みを浮かべる。 「さすがの名狙撃手でも視力を奪われるのは怖いのか?」 いかなる状況でも冷静でいることが忍と言うもの。照星は相手の目を見て不敵に笑った。それが癇に障ったのか、凄腕は眉間に皺を寄せて、声を張り上げた。 「何時までも強気でいられるなどと思うなよ」 そして、腕を振り上げた瞬間、一発の銃声が二人のいるすぐ近くで鳴り響く。 「銃声!?」 突然の発砲音に敵が気を取られ、照星はその一瞬の隙を突き、胸倉を掴む相手の腕を片手で押さえ、一方の手で相手の胸倉をしっかりと捕らえる。 「形勢逆転だな」 薄く笑って見せると敵はしまった言わんばかりの面持ちになる。 「な、にぃっ!!!」 間髪入れず、胸倉を掴んだまま敵を背負い投げる。地面に背中を打ちつけられた男は低く唸って、そのまま気を失った。 程なくして茂みから火縄を抱えた子供が現れた。 「照星さん!」 「若太夫、今のは君か・・・」 安堵のため息を漏らすと、虎若は血相を変えて照星に近づいて来た。 「酷い傷・・・早く手当てを・・・」 腫れた頬を見て、何か当てるものは無いか、とあたふたする虎若に薄く笑いかけて、ぽんと頭に手を載せる。 「ありがとう若太夫。助かった」 尊敬する照星の感謝の言葉に虎若は感動で震えてしまって声が出なかった。「僕は何も・・・」ともじもじ照れている虎若に、照星はもう一度微笑むと彼に気づかれない程度に、そっと斜め上の大木に視線を送る。 「傷は村で看てもらう。帰ろう」 「・・・あ・・・は、はい!」 二人は凄腕に蹴り飛ばされた火縄銃を茂みから拾うと、佐武村へと向かうべくその場を後にした。 残されて倒れていた凄腕は、二人の気配がなくなったあたりで、背中に痛みを伴いながら、むくりと起き上がった。そこへいつの間にか現れたドクササコの部下が大木の上から降りてくる。 「大丈夫ですか?随分手酷くやられましたね」 「お前、見ていたなら助けろよ・・・」 上司が危機に面していたのにまるで他人事のような部下の物言いに呆れてため息を吐く。しかし部下は当然のようにけろりと言いのけた。 「そういう命は下っていなかったので」 冷たいせり分意怒ってやりたいが、本人は恐らく気づいていないのでそんな気力も失せてしまう。 「いざって時は出て行くつもりでした」 「当たり前だ。手を貸せ」 今更といった感じで軽くあしらうと差し出された手を取って立ち上がる。その際再び背骨の辺りに激痛が走った。あまりの痛みに顔を歪めると部下がいらない気を遣う。 「背負いましょうか?」 「いらん。お前だって怪我をしているだろう」 真面目な顔をして軽口を叩くが、すぐに返された凄腕の言葉にぎくりとして、部下は左腕を身体の影に隠した。その腕に無造作に巻かれた布が赤黒く滲んでいる。 「かすり傷ですよ」 「・・・・・・そうか」 何かを汲み取るかのように、たっぷりと間を空けてそれだけ言うと、凄腕は踵を返して帰路に立った。それに遅れまいと部下も後に続く。 佐武村への道すがら照星は気になることを虎若に問うた。 「若太夫。先程の銃声は何を狙ったんだ?」 問われて虎若は思い出したように声を大きくした。 「実は、照星さんを助けようと、凄腕忍者を狙っていたんですが、いきなりドクササコ忍者が目の前に立って、その人に弾が当ってしまったんです」 「その忍びはどうした?」 「弾は腕に当たったようで、すぐにどこかへ行ってしまったんですけど・・・」 敵とはいえ、自分の放った銃弾が、狙った相手では無い誰かを傷つけてしまったことに虎若は動揺しているようだった。不安を和らげるように、照星は先程と同じように彼の頭へ優しく手を置く。 「その忍びはわざと当りに行ったんだ。凄腕忍者を庇うために。君が気に病むことではない」 「・・・はい」 力ない返事だったが、幼いなりにゆっくりと解釈しているようだったので、照星はもう一度虎若の頭を数回撫でた。しかし、照星は本当の意味でのドクササコ忍者行為に気づいていた。凄腕忍者を助けるならば、虎若に危害を加えればよかったのに、それをせず火縄銃の前に立ちはだかって自身が傷を負った。 (なかなか悪くは無いな・・・) そっと口元を緩めて、佐武村への道をゆく。少し先では虎若が不思議そうにこちらを振り返っていた。 case1 あとがき。 なんじゃこりゃ。凄腕さんをかっこよくしたかったのに全然駄目でした。あと照星に火縄以外も強いんだぜ、ていうのをアピールして欲しかったので、凄腕を背負い投げてもらいました。たぶん照星さんはオールマイティに忍者として優れていると思います。 けして凄照凄ではありません。最後は若干部下凄ですけど。次は照星→雑渡。 ブラウザバックプリーズ |