*照星+雑渡でプロ忍





 一発の銃声が森中に響き渡り、鳥達は羽ばたき、一斉に木々を離れて飛び立った。
 不覚にも銃弾に足を打ちぬかれた雑渡は、枝を踏み外し、無様に地上へと落下する。落ちながら、まるで猟銃で狙われた雉のようだと思ったが、すぐにそんな考えはやめた。自分が雉のように美しく、しかも美味な生き物であるかと問えば、答えは否である。そのような思考を巡らす余裕があることに自嘲していると、雑渡を狙った狙撃手が、火縄銃を抱えて現れた。
「ここまでだな」
 (人のことは言えないが)不気味な印象を与える顔を持つその男が、無表情で近づいてきた。足を撃たれ、血を流し完全に抵抗する気をなくしている雑渡は、先程踏み外した枝を生やしている大木の幹に寄りかかり、撃たれた足を投げ出して、片膝を立てて座っている。そして大きく一つため息を吐いた。
「照星とは、偽名なのか?」
 いきなり何の脈絡も無い質問をされ、狙撃手もとい照星は意表を突かれて一瞬たじろぐが、ここは至って冷静に答える。
「忍に名などあって無いようなものだろう」
「そうか?私は親から貰った名だよ」
「それは意外だな・・・・・・」
 どうでもいい事実に驚きつつも、なんと無意味な会話をしているのだろうと、照星は思った。と、同時に相手の意図を測りかねて、軽い焦燥を覚えるが、この焦燥こそが相手のペースに乗せられているのだと、言い聞かせた。形成は自分にあるとしても、相手はタソガレドキ忍者隊組頭なのだ。油断なら無い敵である。
 そう意志を強くして警戒を強める。が、
「見逃してくれないかな」
 警戒した矢先に、なんと情け無い敵方の台詞であろうか。しかしそれも作戦の内であろう、と睨みを利かせて、照星は当然のように言葉を返す。
「答えは否だ」
「何故だ?」
 何を言っているのか分からないというような顔をされた上に、さらに何故?と問い返されるとは思わなかった。何だか色々と拍子抜けしてしまう。照星は妙な男だと心底に刻み付けた。あまりにも馬鹿げた質問なので、答えあぐねていると、雑渡がそれは大業に再びため息を吐いて。
「見逃してくれ、××××よ」
 その口から吐き出された名前に、どうしようも無い懐かしさが込み上げてきたのと同時に、全身の血の気が恐ろしいほどの速さで引いていった。
「何故その名を!!?」
 それはもう十年以上も呼ばれていないし、名乗ってもいない自身のかつての名前だった。まだ狙撃手どころか忍としても半人前な無名時代の頃の。その名を何故タソガレドキの忍組頭が知っているのだろうか。照星の額やこめかみに嫌な汗が流れる。
「何故私がその名を知っているのか。知りたいか?」
 照星の心を読んでいるかのような雑渡の台詞に、ドキリ胸が高鳴った。沈黙を肯定と受け取った雑渡がその理由を重々しく語りだす。
「実の兄弟だからさ。私とお前は」
「・・・・・・・・・」
 その衝撃的発言に、照星は言葉をなくし、しばしの沈黙が二人の間を流れる。それからもう少しの間があってから照星が口を開いた。
「何故そのような嘘をつく?」
 その日一番の量を誇る疑問符を頭上いっぱいに浮かべ、眉間に皺を寄せる。
「かからないか」
 対する雑渡はというと、悪びれた様子もなく、変わらない口調であっさりと己の虚構を認めた。
「このナリだと案外騙せるんだけどなぁ」
 忍びには似たような境遇のものが多い。中でも家族を捨てたとか失ったとか、言う者が多く混在している。戦国乱世のこの時代。生き別れの兄弟なんて話はどこにでも落ちている。加えて、雑渡はその肌がほとんど包帯と晒しで覆われており、どのような顔をしているかなど簡単には判別しがたい。故に特定のものしか知らない事実をちらつかせ、生き別れの兄弟だと言われれば、信じてしまう者もいるのだろう。そうして相手を油断させ、まんまと逃げ延びる作戦なのだ。
 しかし一か八か、これはなかなか危険な賭けである。もし失敗すれば相手が逆上することだってありうるのだ。
「あいてはいつも選んでいる。それに打率はいい方だよ」
「誰に話しているんだ」
 カメラ目線で、またもや脈絡の無いことを言い出した雑渡に的確なツッコミを入れる照星。
「いや、こちらの話だ、よっと」
 言いながら雑渡は背中の大木に寄りかかりながら、両足でしっかりと立ち上がる。片足を銃弾が貫通しているとは思えないほど、あっさりと立ち上がってしまったので照星は思わず身構える。
「貴様・・・その足・・・」
「こんなもの痛くも痒くも無いんだが、やはり反応は鈍るし、お前から逃れるのは骨だからな」
だから少々時間稼ぎをさせてもらった。
 最後まで言い終わる前に、照星は背後から気配を感じ咄嗟に後方へ飛び下がると、四方手裏剣が目の前を通過していった。そして体勢を立て直すと前に、さらに手裏剣が飛んでくる。
「くっ!!」
 持っていた火縄銃の柄で何とか弾き返す。
「それではまた会おう。照星くん」
 しまったと思ったときには、新たな刺客が投げた煙玉の煙幕で雑渡の姿は見えなくなっていた。
「逃がしたか・・・・・・」
 溜息とともに呟く。手負いならば再び戻ってくることも無いだろうと、深追いはせずに照星は佐武村へ戻ることにした。
 しかし全く厄介な相手だったと、重い火縄をやれやれと肩に担いで、名前のことを聞きそびれてしまったと頭の片隅で思った。





「助かったよ。ありがとう」
 照星からなんとか逃げることに成功した雑渡は、森の奥の特に木々が生い茂ったところで、部下から傷の手当てを受けていた。助けに来てくれたことを素直に礼を言う。
「本当に貴方は無茶するんだから」
 呆れ顔から安堵の溜息が漏れた。
「それで、佐武村の威力調査はどうでした?」
「あーうん、火縄がたくさんあったねぇ」
 要領を得ない雑渡の言い方に怪訝な顔で見返した。
「何ですか、その適当な報告。殿がお怒りですよ」
「なんで?」
「組頭はまだ戻らんのか、って」
 部下がそのときの殿様怒り狂った様子を思い出しながら語った。
「面倒そうだなぁ」
 言葉の割には間延びした声が返ってきたので、「貴方も大概暢気ですね」と感想を述べれば、「そうか?」と何も分かっていない返事が返ってきた。


















case2



あとがき。
やっぱ雑渡さんだな。うちの雑渡さんは意味わかんない言動が多すぎます。
ちなみに照星さんの過去の名前を知っていたのは、昔どこぞの戦場で会ったことがあるとかそんなん。照星さんが忘れているだけです。つーか誰だかわかんねぇよ。みたいな。

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