*雑渡+凄腕+α+β





 無様な自分を嘲笑うが如く晴れ渡る空に悪態をつきたい。些細な不注意が招いた報いだと言うことを、認めざるを得ないこの状況に我ながら呆れてしまう。おまけに部下には置いていかれるし。
「おやぁ?これはまた大きな鼠がかかったねぇ」
 そして今一番会いたくなかった奴と出くわしてしまうとは、全く最悪な状況だ。ああ、最悪だ。
「雑渡、昆奈門・・・・・・」
 凄腕のテンションを最低まで引き下げた男の名を、汚いものでも見るかのように呼んでやった。
 足を掠った四方手裏剣は雑渡が投げたものだったようだ。ただの手裏剣ならばそのまま逃げ切れたが、ご丁寧に痺れ薬のようなものが塗られていたらしく、ここに来て足が動かなくなってしまったのだ。
「意外と仕事熱心なんだな・・・」
「まぁ給料を貰ってるうちはしっかり働かないとね」
 嫌味のつもりで放った言葉もあっさりといなされてしまう。やはり口ではこの男に敵わないと、凄腕は僅かに眉間に皺を寄せた。
「タソガレドキの領地で何をしているのかな?ドクササコの凄腕忍者が」
 その緊張感のない声とは裏腹に、漂ってくる圧力は完全に敵意を表していた。普段はユルイ性格の雑渡だが、仕事を前にするとやはりプロの忍びなのだ。
「ただ通りかかっただけだ」
「お前にしては間抜けな言い逃れだね」
 言いながらゆったりとした足取りで歩み寄ってくる雑渡に、身動きの取れない凄腕は辛うじて動く腕だけで身じろぎし、相手に気付かれないように右腕の袖箭に意識を集中した。
「部下に置いていかれちゃったの?人望もないんだね」
「『も』とはなんだ。貴様だっていつも同じ部下ばかり連れて、そんなにタソガレドキは人材不足だったか?」
 ある程度の距離まで雑渡が近づくと、袖箭の鏃を身体の陰に隠して、こっそりと目標に向けた。
「まぁね。でもお宅ほどじゃないと思うよ」
 言い終わるか終わらないかと言うところで、凄腕の袖箭が放たれたが、その他のみの一撃はいとも簡単にくないで弾かれ、あっという間に距離を縮めてきた雑渡に袖箭を潜ませている右腕を思いっきり踏みつけられる。
「・・・くっ・・・!!」
「甘く見られたもんだな。そんな小細工」
 吐き捨てるような言葉とともにぐぐっと右腕に体重をかけてくる。じわじわと押し寄せてくる痛みに耐えていると、頭巾の下の包帯が笑ったような気がした。
「いい表情だ」
 これ以上の屈辱に耐え切れず残った左腕で、右腕を踏みつけている足を捕らえる。振り絞った力でギリギリとその足を締め付けると、幾分か右腕の重圧が和らいだ。
「痛いよ」
「・・・退け」
 腹から出した低音と気迫で睨みを利かすと、雑渡はすぅと目を細くする。その不可解な表情に気を取られている内に、それからゆっくりと足を退けた。と思ったら直ぐ様その足は凄腕の顎を蹴り上げ、胸板を踵で踏みつける。
「がっ!!・・・ああっ・・・!」
「そうそう。そのくらい反抗的じゃないと。こちらも遣り甲斐がないからねぇ」
 状況を完全に楽しんでいる口振りに虫唾が走る。しかし、先程よりも圧倒的なその力はみしみしと音を立てて凄腕を追い詰めていた。そして急激に回ってきた薬の効果で、自由になった腕の神経も言うことを聞いてくれない。
「もう一度問おうか。何を知った?」
 今までとは違う、低くドスの利いた声が訊くと、凄腕は痛みに耐えながら、にやりと口元だけ強気に歪めて答えた。
「・・・し、るか・・・・・・そんな・・・も、ん・・・」
 そのように不敵な笑みを浮かべれば、雑渡もそれは楽しそうに微笑み返す。
「君って、本当に忍者だねぇ。関心しちゃうなぁ」
 嘆息と共に漏れる緊張感のない言葉はいつもの雑渡だった。小馬鹿にしている嫌味な言い方に腹立たしさと口惜しさで身震いがする。息をする度に胸の上の足が体重をかけてくるため、罵倒することさえ敵わない。
(くそっ・・・!!!)
 そのとき、雑渡の背後に突如現れた影に気がついた瞬間。
キィィィィィンン!!!!!
 刃が激しく触れ合う甲高い音。
 雑渡の背中のまさに直ぐ後ろで、凄腕の部下であるドクササコの忍者とタソガレドキの忍者が互いのくないで鍔迫り合っている。もうとっくにどこかへ行ってしまったと思っていた部下が戻ってきたのだ。
「・・・お前、戻っ、て」
「何だお前来たの?」
 凄腕の言葉を遮り、雑渡が首だけで後ろを振り返って、自分の部下へと話しかける。
「触れさせませんよ。そう簡単には」
 上司に誓ったのか、目前の敵に向けた言葉なのか、部下は意気込んでくないを押しやると、負けじとドクササコ部下も押し返してきた。
「我々はタソガレドキと争う気はありません。その人は返して頂く」
 普段は滅多に感情を露にしない部下が、怒りを剥き出しにして食いかかっている、タソガレドキ部下はその気迫に気圧されそうだった。
「よかったねぇ。ちゃんとお迎えが来て」
 背後のやり取りなんてものともしない、相変わらすの気の抜けた言葉で、雑渡が足元の凄腕に話しかけた。そういう彼に、もうなれてしまっているらしく、タソガレドキ部下は冷静だった。
「組頭。彼の言うとおりです。今、ドクササコ城と争っても何の意味もありませんよ」
「うーん、どうしようかなぁ・・・」
 はっきりしない雑渡の態度に痺れを切らし、凄腕は薬の効力が弱まって漸く動き出した腕でくないを握り、胸の上に君臨する足のアキレス腱にピタリとその刃を突き立てた。
「腱を切るぞ。この足を退かせ」
「ありゃま」
「組頭!!」
 タソガレドキ部下が一瞬間だけ後ろへ気を逸らした隙に、ドクササコ部下は一気にけしかけて、同時に凄腕も雑渡の足を攫いまんまとその束縛から逃れる。そしてあっという間に二人のドクササコの忍びはいなくなってしまった。
 背中から仰向けに倒れそうな雑渡を、部下が後ろから受け止めて支える。
「お前、態とらしいよ」
「これ以上は不毛ってやつです」
 部下が態と隙を作ったことは一目瞭然であった。恐らく相手もわかっていることだろう。しかし、雑渡の気まぐれでドクササコと争いになることだけは避けたかった部下は、半ば問い詰めるような呆れたような口調で答える。
 その時、生い茂った樹木の合間から光るものがこちら目掛けて飛んできた。「あっ」と声を上げたときには、雑渡が素手で飛んできた物体を掴んで、受け止めていた。
「矢、ですね?」
「奴の袖箭だ。挨拶代わりだろう」
 そう言って雑渡は「可愛い奴だねぇ」とククッと笑うが、部下は何が可愛いものかと、暢気な上司に呆れている。
「あの、組頭・・・重いんですけど手放していいですか?」
 先程から雑渡を支えたままでいた部下が聞くと、雑渡はけろりと言いのけた。
「いや、これ楽だからこのままで」
 部下は容赦なく腕の力を抜いた。






 タソガレドキの忍び達がいた場所から大分離れたところまで、ドクササコの忍び達はまんまと逃げ果せていた。
「大分引き離したな・・・」
 盛大な溜息と嘆息と共に、凄腕はその場に座り込んだ。薬は切れてきたとはいえ、まだ本調子ではないようだ。
「毒消しを持っています」
 部下は凄腕の前に片膝をついてしゃがみ、懐から薬包紙と竹筒の水筒を取り出した。
 受け取った毒消しを口に含み、竹筒の水で肺腑へと流し込む凄腕を見つめながら、問い詰めるように部下が聞いた。
「何故あのようなマネを?」
「マネ・・・?」
「先程の袖箭です」
 言われて、嗚呼と思い出したように口を開いて一言。
「ムカついたから」
 部下の表情が歪んだ。なんて子供じみた理由であろうかと、呆れて言葉も出ない。しかし、見え透いた敵の情けに頼るしかなかった己を恥じているのであろう事を、部下はよく知っているからこそ呆れるのである。
「全く貴方って人は・・・」
「そういうお前こそ。何故戻ってきた?」
 不意の質問に一瞬たじろぐ。たとえ未熟でも、上司がピンチでもあの場に戻ってくることは、プロ忍者の端くれとして得策ではない。仲間は容赦なく棄てることが本物の忍びとしての第一義でもある。しかし、そんなものは一般論であって部下には全く関係のない話だったのだ。
「貴方を失いたくないって思ったからです」
 動機も不純もなく、もっともらしく答えてやると、凄腕はそっぽを向いて悪態を吐いた。
「忍び失格だな」
 その言葉に傷つくどころか内側からじわりと温かくなってくる感じが心地よいと、部下は青空の下に思った。




















case3



あとがき。
すごく・・・部下凄です・・・。あんまりCP色薄めでやろうとしているのですが、如何せん、こいつらガチ過ぎます。部下雑は程好く可愛く絡めているのに。あともっと雑渡さんにSッ気を出したかった。今後の課題ですね。
これで追い詰めるシリーズは一応終わりです。番外編とか書きたいね、ね。

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